「禰宜さん今日は休み?」と訊かれることがたまにあります。幼稚園の送り迎えなどもあって私服で社務所をうろうろしていることが多いからかもしれません。一応、神社にいる時はワードローブはさておき「仕事」なのですが、きっとあまりにもユルい雰囲気なのでしょう。
さて、私が暇そうに見えるのはキャラ的な問題ですが、神社全体としてはこの時期は繁忙期にあたります。それは例大祭、という一年で最も重要な行事の最終準備を行っているからです。
一体どんなことをしているのか?
他の神社がどうされているのかはよく分かりませんが、常陸国総社宮の場合は例大祭の「準備スケジュール」というものを作成します。3カ月ほど前から前日まで、行うべき内容と期限が記されている一覧で、これを一つ一つチェックすることで万全の態勢を整えていきます。日々、祭りの本番に向けての士気を高める意味合いもあります。
まずかなり前から行っているのが参列者や氏子さんにお分けするお札、記念品などの手配。外部に依頼する案件でもあり、納期までに時間を要することもあってかなり前から念頭にある事項です。内容はともかく、何かイベントや記念行事を行う場合には一般企業でも似た業務はありそうですね。
リストの中には神社ならではの項目もいくつか見られます。「本殿を清掃する」などは分かりやすいですが、例えば「献幣使参向願いを出す」という項目が何を意味するかお分かりでしょうか?
献幣使とは神社本庁から当該神社への「お使い」のこと。神社本庁に所属する約8万の神社にはいずれも「幣帛料」という金一封が、お供えされます。その際、神社の規模や来歴などに応じて現物だけでなく、これをお持ちになって祭典に一緒に奉仕されるのが献幣使です。神社本庁から直接お越しになるのは相当な規模の神社で、多くはその県の神社庁の役職員がその代理として務めることが通例となっています。当宮の場合は茨城県神社庁が担当になるため、毎年「9月15日にいつも通り例祭を行うので、献幣使を参向されたし」という依頼文をお出しすることになっています。神社庁では毎年同じ日程で同じ神社の例祭に献幣使を参向すべく予定が組まれているので、先方としてはもう分かっていることではあるのですが、形式上これを受けて「受け書」的なお手紙を頂戴します。
祭典の当日すなわち9月15日には随員、という「お付きの人」を伴って献幣使がいらっしゃいます。お務めになるのは神社庁長など偉い神主さんなのでお迎えする側の神社の人間はとても緊張します。そしてさらに緊張するのは祭典そのもの。
まず神様にとって最大の記念日である例祭において、本殿の扉を開き、神様のお側近くで奉仕することの緊張は平常の比ではありません。私の尊敬するある神主さんは、「祭りには間違いは許されない」と仰っておられました。そして通常の祈祷や祭りはその神社の職員だけで奉仕するので、祭式という「お作法」に齟齬があっても(ダメなんですよ、本当は)上司や仲間に指摘されるくらいなのですが、例祭は献幣使という「外部の目」があるのでさらに緊張するのです。
なぜ献幣使が同席されるのかと言えば、それは先に見た「幣帛料」を神前に供えるということを、儀式として一緒に行うから。そのため献幣使は我々と同様「正服」という神職の正装を身に纏い、行列を組んで神前に赴き、そして御前に額づくのです。
例祭の式次第はどんな神社でも大体以下のようになっています。
一、修祓 祭典前のお祓い
一、宮司一拝 儀式の始まりに神職、参列者全員で神前に一拝する
一、開扉 本殿の扉を開ける
一、献饌 神前にお供え物を献じる
一、祝詞奏上 宮司が例祭の祝詞を申し上げる
一、献幣 献幣使が神前に幣帛料を献じる
一、祭詞奏上 献幣使が幣帛料をお供えする旨を祝詞として申し上げる
一、玉串奉奠 玉串をお供えし神職、参列者がそれぞれ拝礼する
一、撤饌 お供え物を徹する
一、閉扉 本殿の扉を閉める
一、宮司一拝 最後にもう一度全員で一拝する
このうち献幣使が関係するのが「献幣」と「祭詞奏上」です。
しかし実は「献幣」で実際に活躍するのはお付きである随員、と禰宜、つまり私なのです。
献幣使がお持ちになった幣帛料は通常、大角という道具を用います。神社で神前にお供えしてある「三方」とは少し形が違いますが、神前に何かをお供えするために用いるものです。当宮では「雲脚台」というこれまた少し形が違った道具にお供えします。献幣使からお預かりした幣帛料は神事が始まる前に「唐櫃」という大きな箱に収めておきます。ここから随員さんが厳かにこれを取り出し、その神社で受け取る役目の人、通常は禰宜か権宮司にこれを手渡しするのです。
幣帛料を受け取った禰宜は本殿までの階段を上り、殿内にこれをお供えします。本殿の中に参入することにも緊張しますが、背後には献幣使、随員はもちろん、宮司以下神職と参列者全ての目が自分の背中に注がれています。前には神様、後ろには皆様、緊張の板挟みです・・・。
禰宜が無事、神前に幣帛料をお供えしたのを見届けてから随員は自座に戻ります。そしてここからが献幣使の出番で「献幣使祭詞」という祝詞を奏上します。毎年例大祭に参列している氏子さんの中には「何で2回祝詞を詠むの?」と疑問に思っていらっしゃる方もおられるかもしれません。1回目の祝詞は宮司の祝詞、2回目の祝詞はこの、献幣使さんが詠む祝詞なんですね。
禰宜や権宮司という神社におけるナンバー2は「献饌」の際にも本殿に上がって神様の目の前に神饌をお供えしたりと目立つ役回りが多いので、祭典中はかなり緊張します。
でもよく考えれば献幣使と随員さんはもっと緊張していますよね。我々は自分の奉仕する神社での祭典、つまりホーム試合ですが先方は参向先の神社、つまり敵陣(ではないですが・・・)でのいわばアウェイ試合。しかも居並ぶ神職の前での祭式ですから緊張しない訳はありません。
とにもかくにも例大祭は一年で一番重要な儀式なので、神職一同は揃って緊張しています。それはただの緊張とは違い、自らの職務にとって間違いなくこの瞬間が一番重要だと思える、いい意味での緊張でもあります。
昨年は祭典の様子を氏子青年ひたみち会の「ひたみちチャンネル」でライブ配信して頂きましたが、今年は常陸国総社宮で開設した新しいYoutubeチャンネルで配信する予定です。
https://www.youtube.com/channel/UCfFNx6361AxSl9JHpcrZkiw
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