常陸國總社宮

神職日記|4人が語る、神様と暮らす日々。

ダブルのお祝い~弁財天と尼寺ヶ原~

いよいよあと2ヶ月となった例大祭(石岡のおまつり)。年番となる若松町さんをはじめ、氏子の皆さんは週末のたびに準備や練習と忙しくなってくる時期です。

そんな中、つい先日、ひと足早くお祭り気分が味わえるイベントがありました。

まず7月9日に行われたのは氏子三十六町の一つ、金丸町の山車人形「辨財天(弁財天)」のなんと100周年記念!さらに石岡囃子金丸保存会の設立50年というダブルのお祝いが開催されたのです。

当日は石岡駅のステーションパークに、金丸町の山車が登場。
さらに相町の青木町、若松町、泉町、守横町の山車も集結して、金丸町をお祝いしました。

金丸町の山車は大正11年(1922)に日本橋本町ほか4町の所有していたものを購入。弁財天もその際に石岡にやってきました。

名人・古川長延の作とされる弁財天のお顔は非常に気品があり、町内の皆さんは金丸町の守り神として大切にしています。ちなみに弁財天とはヒンドゥー教の神・サラスヴァティ―が神仏習合を経て日本にやってきた存在。インド研究者でもある私としては、いろいろ気になるところがあります。

そして7月16日には若松東町の幌獅子の幌新調のお披露目が若松東コミュニティセンターにて開催されました。

若松東町は昭和50年代に若松町から独立した自治会で、古代には国分尼寺が所在していた場所。そのためこの辺りは「尼寺ヶ原」とも呼ばれます。当日は晴天で、町内の方ばかりでなく、お祝いにかけつけた各町の青年会の方の姿も多くお見かけしました。

式典の前に私が清祓の神事を実施。区長、祭礼委員長、ご来賓の挨拶の後、森木ばやしの皆さんによるお囃子、さらには餅撒きが行われました。ご挨拶の中でうかがいましたが、若松東の獅子小屋は他に比べて随分高く作ってあるとのこと。初めて作られた先輩方の想いを若い世代が受け継いで、今も勇壮な獅子舞を行っています。

午後からは新しい幌を纏った獅子が町内を巡行。運よく獅子を見られた子供たちも大いに喜びました。

9月を前にだんだん石岡の町が活気づいて参りました。

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