常陸國總社宮

神職日記|4人が語る、神様と暮らす日々。

新年に虎を想う。

皆様新年あけましておめでとうございます。

常陸國總社宮の神職のうち4人が持ち回りで記す「神職日記」を始めて1年が経ちました。最初は「書く」ということに戸惑っていた者もありましたが、読んでいただいている方々からのお声かけに励まされ、続けることができました。今年もよろしくお願いします。

今年の干支は壬寅(みずのえ・とら)。

思えば令和3年ほど十干の言葉が巷間に流布した年がこれまであっただろうか?『鬼滅の刃』の鬼殺隊の階級が十干を用いており、主人公・炭次郎らが当初「癸(みづのと」に属していたからだ。勢い、子供が「水の呼吸!」はもちろん「階級・癸!」と叫ぶことも各ご家庭では日常茶飯事だったはずである。壬は「水の兄(え)」で、「水の弟(と)」の一つ前の十干である。

一方の寅はと言えば、字面だけ見るとやはり、男がつらかったり、つらくなかったりする映画が思い出される。でも、音だけを考えると私にとって一番に連想するのは「潮」とセットになっている妖怪。そう、『うしおととら』である。

『うしおととら』は藤田和日郎さん原作のマンガで、ちょうど私が中学~高校生の頃に『週刊少年サンデー』に連載されていた。主人公・蒼月潮は寺の住職の息子で、土蔵の中に閉じ込められた妖怪「とら」をひょんなことから解放してしまう。「とら」を封印していた「獣の槍」を手にした潮は自らも妖怪と戦うことになっていく。

まず主人公がお寺の息子、というのが神社の息子である私としては強烈なシンパシーであった。お寺の生まれのお坊さんたちの感動はもっと大きかったに違いない。そして自分の家の蔵に妖怪が住んでいるですと!?常陸國總社宮にも大正時代に建てられた土蔵があるが、『うしお~』を読んでいた当時、こっそり床板を外して妖怪はいないか確認したことを覚えている。

潮とコンビを組む妖怪「とら」の名は、は動物の虎に似ているからということで潮が勝手につけたニックネーム。最初は嫌がっていた「とら」も次第にこの名が気に入っていく。『うしおととら』はつい、5、6年前にアニメ化されてレンタルできるのだが、筋肉少女帯の主題歌『混ぜるな危険』が本当にキケンなので是非聴いてみて下さい。

さて、虎と言ってもう一つ連想したのが「虎塚古墳」である。

常陸国は全国で二番目に前方後円墳が多いことで知られる。
中でも常陸國總社宮の近く、全長186メートルの舩塚山古墳は東日本で二番目に大きい古墳だ。茨城県内だけで400を超える前方後円墳の中、ひたちなか市中根に位置するのが国指定史跡、虎塚古墳なのだ。

全長56.5メートルというから大きさはそれほどではないが、特筆すべきは石室内部に描かれた壁画。奥側や側面に武器の絵や、幾何学的な文様が数多く描かれており、全国的に有名だ。しかも期間限定で一般にも公開されている。当宮では今回、令和4年の新年特別朱印の絵柄として、虎塚古墳の壁画から着想を得た新しいデザインのものを頒布している。

この壁画で気になるのは赤色。これはベンガラ、すなわち酸化鉄を顔料とした色だ。ベンガラは弁柄とも書かれ江戸時代に東インド、ベンガル地方のものが輸入されていたことから、この名称で呼ばれるようになったと考えられている。18世紀初頭の学者・西川如見が記した『増補華夷通商考』にも当地の物産として「丹土」が記されている。虎塚古墳の酸化鉄がどこで採られたものか筆者には定かではないが、ベンガルの名で日本人が思い浮かべるであろうものは、ベンガルトラではないだろうか。

IUCU国際自然保護連合により絶滅危惧種に指定されるベンガルトラはインドから東南アジアに生息する最も有名な虎だ。茨城県下、日立市のかみね動物園でも飼育されていて最近実物を見たが、一頭ずつ異なるという縞模様はやはり美しい。でもこの美しさが仇となって乱獲の対象となり、以前は数十万頭いたものが、ここ100年で2500頭未満になってしまったというから嘆かわしい。

ベンガルは前近代から虎のイメージがあったのか、江戸時代の百科事典として知られる『和漢三才図会』の榜葛刺(べんがら)の項には、虎を手なずけて、口の中に入っても食べられない人間の話などが記されている。私が好きな絵本『ウェン王子とトラ』のような話である。

さて、今や虎と言えば阪神タイガースだったり、ラムちゃんだったり、しまじろうだったりと、その姿がデフォルメされて様々なキャラクターが生まれるほど知らぬものはない存在となったが、大陸と陸続きだった頃はともかく、海によって隔てられてから日本列島には生息しなくなった。しかし大陸にはどうもシマシマの優美な獣が住んでいるらしいという情報だけはよく、伝わっていたようではある。

古くは『日本書紀』で百済に渡った膳臣巴提便(かしわでのおみはすひ)が虎の皮を剥いだ逸話や、有名なところでは加藤清正の虎退治のエピソードがある。ゾウにも言えることだが、列島に生息せず、でも情報として知られていた動物は御利益のある「霊獣」として考えられ、ある種カミ的な扱いを受けていた。つまり瑞祥を帯びた存在になったわけで、かつては天皇が即位時に身に纏った装束にも描かれたし、現在でも四方を司る四神の一つ、白虎として神前を守る「威儀物」として神社などで見かけることもあるだろう。

今年は寅は寅でも壬。いずれの字も陰が陽に転じたり、新しい物事が生じたりする字として解される。虎の絵は疫病除けの象徴としても目されていたから、この霊獣にあやかって、今年こそネガティブな日常を払拭したいものである。

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